ちゃんぶろ

30代OLの初めて子育て。娘(2017年生まれ)との日常と、たまに出てくる夫の小話つき。2018年、アメリカ生活開始!

離乳食~生後5ヶ月から10ヶ月までのまとめ~

今年最後の記事は離乳食についての記録です。書きためていたと思ったら結構抜けたり忘れたり。記録って大切ですね。

生後5ヶ月、6ヶ月

1日1回の離乳食を開始。最初はわくわく、ドキドキしながら小さなスプーンの先にお粥ペーストを乗せてぽよりんの口へ。ぽよりんは口に含んで「ん?」て顔をして舌で押し出した。この頃はまだしっかり座れない頃だったのでバウンサーを使用。それまで1日1,2回出ていたウンチが出ない日が何度かありました。母乳は飲んでおらず、ミルクは1日5回、1回200ml飲んでいました。

お粥以外の離乳食
・野菜・・・ニンジン、カボチャ、なす、だいこん、とうもろこし、じゃがいも、さつまいも、トマト、きゃべつ、小松菜
蛋白質・・・タラ、タイ、カレイ、豆腐 (タイお粥はめっちゃ美味しかった)

ストックの作り方
茹でたりレンチンしたものをブレンダーでペーストにし、ジップロックで平たく冷凍。凍ったらバキバキ割っておよそのグラムで必要時に解凍。お粥だけは製氷皿を使用して冷凍。当時、夫に「もう少し手を抜いていいんじゃない?」と言われても「手抜いてるし、このくらいはやらないと!離乳食作るのも赤ちゃんの成長を感じられて嬉しいんだよ」なんて言ってました。きっと手の抜き方が分からなかったのか、今ならもっと手を抜けるなと思います。

便利なもの
和光堂やキューピー、コープデリを利用。魚類は茹でて骨を取るのが以外と大変だったり、後に開始したレバーペーストなんて作れないので、これら商品は本当に便利でした。また地味に?大活躍だったのがコープデリで購入した大望のとうもろこしフレーク。とうもろこしは甘くて美味しいけど、離乳食を自分で作るのはかなり大変。蒸して潰して裏ごし・・・ムリムリ。なのでフレークが大活躍でした。
yasaitaimou.shop3.makeshop.jp
コープデリのものはグラム少なめのものだったと思います)

開始当初の気持ち
最初の頃は全然食べなかったり、「ブーッ」と出されたり、私も不慣れでお皿をひっくり返したり、ミルクがいいと泣かれたり。赤ちゃんと二人きりの空間でこれをされると結構辛かったです。ほとんど手つかずの離乳食を片付けながら「せっかく作ったのに…(;;)」と思わず涙が出た時もありました。でも徐々に食べることに関心を持ちはじめ、ごっくんが上手になり、食べる楽しみを知り、身を乗り出して催促するようになりました。

生後7ヶ月、8ヶ月

1日2回食へレベルアップしたと思ったら、ちょくちょく風邪を引くようになりました。風邪を引くと鼻水、咳、痰等で上手くミルクを飲んだり、離乳食を食べたり出来ず、大量に吐き戻すこともありました。調子の悪い時はお粥のみにしたり、お粥も粒のないペーストにしたり、離乳食は止めてミルクを優先したりしました。一度離乳食を止めたら再開するとき大変なのではと思いましたが、中止期間は1,2日。再開するときは軽めの内容で始め、元気が出てくれば本人が催促してくるのでブランクは感じませんでした。
体重が増えてきてバウンサーでは角度がなく平たくなってしまい、この時期からバウンサーを断念。お座りが出来るようになったのですが、じっとしてられず、逃げ出すぽよりんを左膝にかかえて食べさせていましたが、それも大変なので椅子を購入。ミルクは1日5回、飲む量にムラがありましたが150~200ml近く飲んでいました。

8ヶ月頃からバナナ、ヨーグルト、納豆が大好きになりました。バナナ、納豆はストックを作るのも楽で、ジップロックに入れて平たく押し潰して冷凍するだけです。納豆に関しては、本によっては冷凍不可と書かれている本もありますが、私が主に読んでいる本にはOKとなっていました。

books.rakuten.co.jp


8ヶ月後半の頃、お粥、野菜、蛋白質をあまり食べない時期がありました。食べても半分くらい。途中で飽きてしまいました。
あまり食べなくなった理由。この時期お粥に野菜、蛋白質を加えて一品として与えていたことでした。何故一品にまとめたのか。おそらく食べない時に一口でも多く食べてほしい、何なら色んな種類の食材を食べてほしい、と考えて一品にまとめたんだと思います。たまたま炊きたてのお粥のみをあげる時があり、おかずとお粥が別々になりました。そしたらどちらも完食。その時、別々に食べたいんだということに気付きました。

生後9ヶ月、10ヶ月

1日3回食へレベルアップ。ミルクは1日5回から1日4回へ。飲む量は1回150~200ml。1日4回飲むタイミングとしては、およそ9時、13時、16時、20時。16時以外は離乳食の後です。母乳ではないからなのかもしれませんが、寝る前のミルクがないと寝付かないという子も多い中で、寝る前のミルクはいつの間にか卒業していました。水分摂取量としてはミルクの全体量が減るため、季節を問わず離乳食時や入浴後の水、お茶の摂取に気をつけていました。

果物について
この頃覚えたのがバナナ以外の新たな果物。実家へ行くと実母が美味しいラ・フランスやリンゴを薄く切ってくれ、美味しそうに食べていました。特にラ・フランスはリンゴより柔らかくて舌で潰しやすく、甘く、大好きな様子でした。

麺類について
うどん、マカロニを食べています。くたくたに茹でて刻みジップロックで冷凍です。最初、炭水化物はうどん!という感じで離乳食を用意したら物凄く嫌がりました。めっちゃお腹空いてるのに慣れない物を食べさせられたからだと思います。なのでしばらくはお粥やおかずに混ぜて食べていました。

10ヶ月頃、離乳食を安定して食べるようになり、お粥にシラスやエノキ、納豆等の食材を混ぜてアレンジしてみました。エノキは茹でて刻んだ物を、茹で汁と一緒に冷凍。いい具合に出汁が出ます。

食事のタイミング
皆さんはどうされていますか?
離乳食を始めた頃は大人の食事の時間とは別にぽよりんの離乳食の時間を設けていました。1日3回食になり、別々に用意するのが面倒、夫が不在の時が多く出来れば私とぽよりんは一緒の食卓につきたいと思い、1日3食、私とぽよりんは一緒に食べるようになりました。一人で食事するより楽しいです。ただし、ぽよりんの離乳食が優先。咀嚼している間にスープを一口、パンを一口、という感じです。だいたいぽよりんの方が早く食べ終わるので、私が食べ終わってからミルクを飲ませています。


今年を振り返り

社会から切り離され孤立を感じた育児初期。ぽよりんと二人きりになるのがとても怖く、育児に全く自信がありませんでした。何とかこの状況を変えたいと思い、様々な方法で繋がりを探していました。このブログを始め、同じような境遇だったり、子育ての大先輩だったり、様々な方と繋がることが出来ました。お陰様で楽しく過ごせています。ありがとうございました。皆様がよいお年を迎えられることを心からお祈り致します。
また、こんな私の元にやってきて人生をより色鮮やかなものにしてくれるぽよりん、ブログを始めるきっかけをくれた夫に心から感謝です。
来年もどうぞよろしくお願い致します。

こどもの教育について

年末ですね。今年中にやりたい事は色々あるけど半分も出来てません。ブログも下書き記事がたまってしまった・・・。

最近ぽよりんの昼寝タイム中に読書をしています。
以前の趣味といったら夫と旅行、温泉、ハイキングへ行く、わりとアウトドアな趣味だったのかな。出産後は一気にインドアへ。それでもできる範囲で趣味の時間を持てていることに感謝。

今回、ご紹介する本は実川真由さん(娘)、実川元子さん(母)の著書、

『受けてみたフィンランドの教育』

books.bunshun.jp


2007年に出版されたもので、ご存知の方も多いのかもしれません。
ぽよりんの絵本を借りにいった図書館でタイトルに惹かれ借りました。フィンランド行ってみたい!!

高校2年で1年間フィンランドへ留学された実川真由さんの話です。英語圏でもない、留学当初は教育先進国としてあまり知られていなかったフィンランドへの留学。この留学を通して彼女は飛躍的に成長しました。

フィンランドでの外国語教育の目的は、他言語を学び異文化への理解を深めることの始まりとされます。また生活をする上でフィンランド語、スウェーデン語、英語を習得が必要になるため、小学生からこれら言語、文化に触れています。母、元子さんの話では、フィンランドの子ども達が幼少期から複数言語、文化に触れていても、彼らが混乱し混同しているようには見えなかったそうです。

日本の教育しか受けたことのない私にはフィンランドの教育はとても新鮮でした。私自身、進路を決めきれず高校卒業後もダラダラしてた時期があり、だったら高校の時に留学もよかったなあと思ったり。ぽよりんにも様々な世界に興味を持ってほしい、何なら留学したっていい。楽しく他言語に触れ、異文化を理解するようになってほしいなと思いました。
こどもが興味をもった時の集中力、吸収力は圧倒的です。親としては様々な文化の映画や音楽、絵画、写真、様々な触れ合いの機会を持たせてあげたい。


最後に妄想。
ぽよりんがもう少し大きくなって家族で旅行ができるようになったら、フリー旅行を再開したい。ぽよりんと一緒に行程表を作りたい。ぽよりんと立地から宿泊施設を探したり、地元の人に評判のレストランを探したり、観光地の歴史を調べ、回る順序をまとめたり、朝一(現地の人々と触れ合う絶好の機会)へ一緒に行って値引き交渉をしたり、私の妄想が尽きません。
とりあえず、来年はアメリカで色々触れられるのかな。

実母、義母からクリスマスプレゼント

ぽよりん初めてのクリスマスイブ。夫は仕事、私はぽよりんと二人、いつもと変わらず過ごしてます。


最近、義母から
「今○○で買い物してるんだけど、こんな服はどうかしら?」
と写真が送られてきたり
「足のサイズはいくつ?ファーストシューズ買います!」
「サイズが分からないから一緒に買いに行かないとね」
とガンガン連絡があった。


実母からも
「クリスマスは何がいい?」
と言われた。


双方から連絡をもらい考えた結果、ぽよりんと実母、義母、私の4人で買い物に行くことにした。初の試みです。

これなら
・平日に混雑を避けて買い物できる
・被らないよう双方の意見を聞ける
・直接自分の意見も言える
・改めてプレゼントを受け取りに行かなくて済む
・夫の貴重な休日を実家巡りのイベントにしなくて済む
・(必要性分かりませんが)実母、義母が久しぶりに会う機会になる


そして、一番の理由として

義母とぽよりんと三人で買い物に行くと、私は義母、ぽよりんの両方の面倒を見なくてはならずキャパオーバーになり正常な判断ができなくなる。これを回避したかった。妥協で「これでいいです!」みたいになると後悔することもある。
案の定、待ち合わせ場所へ向かってる途中に義母は「○○にいるから」と場所変更のメールをしてきたり、買い物かごをフロアに置いたまま別の売り場に行ってしまったり。
ぽよりんのベビーカー押しながら場所変更のメールを見たりフロアのかごを拾ったり、難しい。
実母がいれば何かあっても義母かぽよりんか2対2で行動できる。

実母、義母の誘い方としては、「プレゼントが被らないように、ぽよりんも連れてみんなで買いに行きませんか?」と。


ショッピングモールで待ち合わせ、いくつか子供服のお店をまわった。実母、義母とも興奮気味に色々言いながら最終的に納得いく物に出会えた様子。お洋服、シューズをクリスマスプレゼントに頂きました。

夫に愚痴るとストレスが軽減され(ひどい)、忙しい夫の代わりにたまにはこういうイベントもいいのかもしれないと思った。

ママが倒れたら

生後7ヶ月過ぎ頃から何度か風邪をひいたぽよりん。治るのに2、3週間かかったり一度の受診では治らず二度受診したり。そんなぽよりんが今月初めて自力で風邪を治すことができた。受診しようか否か判断が難しい状況で、水分補給や鼻水吸引、加湿をしながら見守った。すごいな、風邪を治せる力がついてきたんだ、と成長を実感。

そんな矢先。今度は私。先日、早朝から頭痛、咽頭痛、全身の痛み。それでも熱はなく、市販の風邪薬を飲み、何とかなるかなと思って過ごしてた。
夜、離乳食あげてる際に吐き気と目眩に襲われ、このままではまずいと思い、ぽよりんを椅子から下ろし、私も横になった。悪寒がして、体温38.5℃、まずいなと。そろそろ夫が帰ってくるかな、帰ってきてほしいな。横たわる母を見て、ぽよりんは何を思うのかな。
ぽよりんは「どうしたの?」と不思議そうに私の顔を覗きこみ、いつもとは違う眺めが面白くなったのか、私によじ登ったり髪の毛を引っ張ったり楽しそう。ぐいぐい体を押され、全身の痛みや吐き気がひどくなる・・・いつもより積極的に強めに接してくれました。

休日、夫が外出中の出来事。夫は出掛ける前から私の体調を気にしていたので、帰宅後リビングでぽよりんに潰される私を見て、あまり驚く様子はなく「病院行こう」と。
幸い、母に連絡したところ、受診の間ぽよりんを預かってくれた。夜間救急、どんな疾患の患者さんが来るか分からない、どのくらい時間がかかるか分からない、そんな場所に風邪が治ったばかりのぽよりんを連れて行くのは避けたかった。
夜間救急外来でインフルエンザの簡易検査を実施。検査結果を待つ間、色々な心配事が出てきた。ほぼ毎日子育て支援センターに行っていたのでインフルエンザをもらったかもしれない、もしインフルエンザだったらぽよりんはどうしよう。ぽよりんや夫には感染していないだろうか、濃厚接触してるからたぶん感染してて潜伏期間なんだろうか。夫は明日も仕事だ。

結果、インフルエンザは陰性。解熱鎮痛薬、制吐薬を処方してもらい帰宅。お騒がせして申し訳ないと思いながら、受診してよかったと思った。
翌朝、熱は下がり全身の痛みは軽快。夜中に大量の汗をかいていた。まだ倦怠感、咳、鼻水等の症状はあり、仕事前の夫が家事を手伝ってくれた。また昼前には母が来てぽよりんのお世話をしてくれて私は休ませてもらった。

ぽよりんの風邪とは理由は異なるが、自分の風邪でも受診するか否かの判断が難しかった。
日中受診しておけばよかったのかもしれないが、何とかなる、乳児を連れての受診は大変、実家に預けるのも悪い・・・色々理由をつけた結果、夜間救急受診。私自身の体調管理を怠っていたこと、後回しにしたことを反省。私が倒れたら(まわりが何とかするんだけど)大迷惑だなと思った。

0歳児の遊び方

ぽよりんの行動範囲が広がるにつれ支援センターへ通う日がどんどん増え…ほぼ毎日通うようになった。気分なのか何なのか、同じ支援センターなのにぽよりんの遊ぶ様子が違うのが気になっていたところで出会ったのが精神科医のゆうきゆう先生の著書、子どもゴコロの心理学。ぽよりんの遊ぶ様子を振り返ってみた。

www.kinokuniya.co.jp

ひとり遊び

ひとりで遊べるようになる。
→これができるようになると家事や読書、自分の時間が持ちやすくなった。支援センターでもひとり遊びをする時が多い。

傍観者遊び

他の子が遊んでる様子を見ながら過ごす。
→広い支援センター来たからたくさんはいはいして遊んでいいよって思ったのに、ちょこんと座って、じーっと周囲を見つめてる。手元におもちゃがあるのに(笑)楽しくないのかなと思っていたけど、これなのかもしれない。

並行遊び

ひとりで他の子と同じ遊びをする。
→他の子が遊んでるのと同じ種類のボールに興味を示す。他のおもちゃもあるよ?って思うけど、他の子のボールを取るわけじゃないし、他の子が遊んでるのを見て自分も同じ遊びがしたくなったのかな。

連合的遊び

他の子と一緒に遊ぶ。会話や道具の貸し借り等のコミュニケーションが見られるようになる。
→まだコミュニケーションをしてるのか分からないけど、同じおもちゃで遊びたい様子が見られる。またぽよりんが遊んでるおもちゃに他の子が来て一緒に遊ぶことがある。広い支援センターなのに、その一角にやけに皆集合してるなという時もある。

協力遊び

リーダーが現れ、役割分担など組織化されるようになる。
→まだここには至ってません。

ひとり遊びから段階的に移行していくが、その時の状況や気分でも遊び方は変わるそう。

特に傍観者遊びと並行遊びは「何してるんだろう?」と不思議に思っていたので新たな発見があった。

「広々したところに行こう」
「こっちのおもちゃのほうがいいんじゃない?」
と大人の都合ではなく、ぽよりんなりの遊び方を一緒に楽しみたいと思った。

そうすると、
「今日はひとり遊びなんだな~」
「お!傍観者遊び!めっちゃ見てる!!」
「連合的遊びしたいのかな、会話できなくても相手の様子を見て近付いてるんかな」
と、勝手に想像しぽよりんの成長を感じるのが楽しくなった。

育休中のキャリアアップ

先日、社会人になって7、8年、こつこつ地道に続けてきた資格の認定を取ることができた。せっかくその分野で仕事を続けているのだから、自分のモチベーションにもなると思い認定を申請していた。将来的に何らか意味のあるものにもなるかもしれない、職場も少しは評価してくれる要素になるかもしれない。

産後の仕事

関連する仕事は産後もあった。仕事といっても賃金が発生するものではない、自分のスキルアップのためのもの。取り止めることもできたかもしれないが何とかなると思い産後2ヵ月くらいから慌てて準備を再開。
夫は「産後2ヶ月くらいで復帰してるママもいるから私にもできるよ!頑張って」と。
しかしこれが本当に大変だった。ぽよりんを寝かし付けた後プレゼン資料を作り、ただでさえ授乳で肩や背中、腕が痛いのに、腱鞘炎になり肩凝りと頭痛は益々酷くなった。ぽよりんが夜中泣いても「私起きてるし余裕!」と思うようにしてたけど辛かった。両立が上手くいかず夫に八つ当たりしてしまった時もあった。
私が「もーやだ!!やめたい!!育児と仕事同時にやるなんて私には無理!!」と騒いだ時が一度あったが夫はただただ話を聞いてくれた。ごめん。

認定通知が届いたのは紙1枚、それでもとても感慨深いものがあった。職場、家族に感謝。

育児とキャリアアップの両立

やり方は様々だけど、その分野をやりたいと思ってもすぐには結果は出ない。そしてここ(資格取得)はゴールじゃなくて通過点。これからどうやってスキルアップしていくか。妊娠中、育休中と、やはり仕事のことが気になる時があり、手帳にはぽよりんの予定以外に仕事関係の期日が結構書いてある。

育休中とは言え、夫や両親の協力を得てたまに日帰りで講習会やら何やら行っている。2,3日の講習会のフル参加は難しいが、ものによってはeラーニングなんて便利なものもあるので目ざとくチェックする。
産休、育休に入ったから仕事のことは取り敢えず忘れて育児に専念・・・そんな仕事と育休、スパンと切り分けられるものじゃないなって思った。もちろん、どちらに重点を置くか、そのウェイトは常に変わると思うが、両立したいと意識することによって、仕事復帰後の両立が少し楽になったりキャリア、スキル的に空白が少なくて済むのかもしれない。



cpoyo.hatenablog.jp

cpoyo.hatenablog.jp

育休中、夫のアメリカ転勤へ第一歩

先日久しぶりに夫が帰ってきました。最初ぽよりんは「どちらさま?」みたいな表情で愛想笑い。でもすぐに思い出した様子でした。よかった。

来年、夫の転勤でアメリカへ行く前段階として、夫はアメリカの勤務先の見学や打ち合わせに行ってきました。そしておそらく住むであろう街、アパート、近所の施設等を見てきました。
以前から、なるべく治安がいいところに住みたい、近くに安心して子供が遊べるような施設がほしい、医療機関が整ってるといい、と思っていました。知人の話では大きな都市はだいたい治安は良くないと思ったほうがいいと言われ、アメリカでの事件をニュースで見聞きするたびに少し不安な気持ちになります。
アパートはベッドルームが2つある所を検討中。家賃は12万円前後。ベッドルームが1つか2つかの違いで家賃はそれほど変わらないようです。広さはだいたい90~100㎡、今住んでるアパートの倍くらいの広さ。掃除できるかな。

首都近郊ということもあり、日本人のコミュニティーや子育てサポートや英会話教室もあるようです。最初は日本人が多い地域がいいのかな。コンタクトを取れそうな現地コーディネーターの方もいるそうで心強いです。

夫から色々話を聞き、現地の写真を見ていたら漠然としていた(本当に行くのかなと思っていた)アメリカへの転勤が少しずつ現実味を帯びてきた。高校時代の英語テキストを引っ張り出しぽよりんのお昼寝タイムに勉強中。が、あまり進まず。まあ何とかなるのかな。
せっかく行くのだから子育てや仕事スタイル、小児科医療等、日本との違いを色々学んできたいです。