ちゃんぶろ

30代OLの初めて子育て。娘(2017年生まれ)との日常と、たまに出てくる夫の小話つき。2018年、アメリカ生活開始!

政府機関閉鎖中でも楽しめたワシントンD.C.観光

あけましておめでとうございます。今年もアメリカ生活をブログ記事にしていこうと思いますので、よろしくお願いします。

先日、ワシントンD.C.まで出掛けました。娘の好きな国立自然史博物館を始め、スミソニアン博物館を訪れる予定だったのですが、政府機関閉鎖により断念。

headlines.yahoo.co.jp

 

 代わりに、Newseumへ行きました。世界中のニュースを扱うミュージアムで、ニュースとミュージアムを掛け合わせて"Newseum"という名前になっています。6階建ての屋内施設です。

1歳の娘も楽しめたようなので、ご紹介します。

www.newseum.org

 

http://www.newseum.org/wp-content/uploads/2018/07/Visitors_Guide_2018_Fall_JA.pdf

(日本語ガイド)

 

 

ベルリンの壁

館内に入ると最初に目立つ展示。ベルリンの壁ベルリンの壁が崩壊した後、その一部がこの施設まで運ばれたそうです。ベルリンの壁が崩壊した当初、私は生まれていましたが、当時のニュースの記憶なのか、後々習った歴史の記憶なのか分かりません。

 

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迫力があり、当時の人々の意志が宿っているような、とても生々しい感じがしました。

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FBI関連の展示

かつて私はTVドラマ「X ファイル」にはまっており、FBI関連の展示、ニュースに興味津々でした。

これは車両に爆弾を仕掛けたテロリストの車両を再現したもの。

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こちらは9.11同時多発テロ事件当時の残骸、遺品の数々。

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持ち主を案じて鳴り続けた携帯電話。f:id:cpoyo:20190106110433p:plain

他にも実際にあった事件、事故の証拠品、遺品等、多くの展示がありました。

 

9.11同時多発テロ事件

事件を報じた各社新聞の数々と、崩壊したワールドトレードセンターの最上部。新聞は写真に収め切れず、当時の衝撃の大きさを物語っていました。

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命懸けで伝えるジャーナリストたち

私達がインターネットやTVで簡単に得られる情報、その現場には命懸けでその情報を撮りに行くジャーナリストたちがいるということを知り、とても衝撃を受けました。

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年代ごとに歴史を振り返る

年代ごとに歴史を振り返ることができるコーナー。日本の歴史がアメリカではどのように報じられているのかとても興味深かったです。

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Pictures of the Year

こちらは撮影禁止コーナーだったのですが、解説付きで各年代の写真、歴史を学ぶことができます。その写真1枚1枚がとても迫力があり、時代を切り取る力があるものでした。

www.newseum.org

最上階テラス

最上階テラスからの眺めです。連邦政府庁舎やスミソニアン博物館が一望できます。あいにくのお天気でしたが、だからこそ屋内施設で楽しむことができました。

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その日の新聞

最上階フロアには世界中のその日の新聞が掲示されています。日本は朝日新聞の一面が掲示されていました。とても広々としたフロアなので、娘はひたすら元気に走っていました。

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なりきりニュースキャスター

ニュースキャスターになったつもりで記念撮影。たくさん撮影ブースがあり、実際に映像として見られるブースもありました。

娘はよそ見したり、席を外したり、こんな自由なニュースキャスターがいたら面白いだろうなと思いました。

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子連れ情報

・各階にトイレがあり、オムツ替え台が完備されていました。

・1階にフードコート、ハイチェアがありました。

・各階に止まるエレベーターがあり、ストローラーでの移動も可能でした。

・所々、通路が狭い展示コーナーがありました。

・小さなシアタースペースがたくさんあり、暗い所が苦手な娘は入れませんでした。

感想

滞在時間4時間、それでも見切れない、膨大な量の展示がありました。そして、もっと英語が分かったら、じっくり解説を読めたのかなと思いました。

とにかく見所満載、また訪れたいと思う施設でした!!

駐妻の葛藤、アメリカでの出会い

アメリカは31日の朝ですが、夫に娘を任せ…今年最後の駆け込み投稿です。今年のアメリカ生活を振り返ってみました。

 

葛藤の日々

この一年を振り返ると、アメリカでの生活は私にとって葛藤の日々でした。

馴染みの環境、仕事、人間関係、全て日本に置いてきて、何のためにアメリカにいるのか。

たった1つ、家族みんなで一緒に過ごしたいと思ったからです。

夫と喧嘩したりすれ違ったりすると、その気持ちが揺らぎ、自分の存在意義が希薄なものに感じます。

日本で働いている同僚のことを考えると羨ましく、焦りと不安を感じます。

今頃働いていたら、娘が保育園に通えていたら、どんなに良かったか。ふとした瞬間に考え始め、その思考からなかなか抜け出せません。

ズブズブ落ちる所まで落ち、そのうち少しずつ上ってくるのを繰り返しています。自分が落ちていくのも、上がってくるのも分かるのに、落ちる思考を止められません。あがいてもすぐには上がれません。

 

葛藤と付き合う

上れるきっかけは、その時々ですが、何かを作り出すことはプラスに働くようです。

最近お菓子作りにはまっています。

激甘で多量、あまり美味しいとは思えないアメリカのお菓子たち。日本のコンビニスイーツがとても恋しいです。そんな訳で、無いものは諦めるか作り出すか。

自分で作れば甘さも分量も適当に作れます。何より黙々と作業に集中でき、完成した時の達成感があります。失敗もしますが、繰り返すことで上達する、アレンジから工程が広がり発見がある、研究に似ています。一度に作り切らず、二、三日に工程を分ける時もあり、これまた翌日の楽しみにしています。

 

こちらの生活に慣れてきたら、この葛藤もなくなるのかなと思っていましたが、そんなことはなさそうです。自分の状況、上れるきっかけが何となく分かっているので、しばらく、この思考と付き合っていこうと思います。

 

たくさんの出会い

アメリカではたくさんの出会いがありました。

残念ながら、不快な気持ちになる出会いは日本人ママさんに多いように思いました。旅行やブランド好きはまだ良いのですが、噂話好き、一方通行の方は苦手です。自分と合わないと思えば自然と距離を置いてきました。

一方で、素敵な出会いもたくさんありました。

 

教会のお母さん

私の母くらいの年齢の彼女は、自分の娘くらいの年齢のママやその子供たちにいつも優しく、お母さんのように接してくれます。

娘の調子が悪かった時、的確なアドバイスをくれ、かかりつけ小児科に電話をし、直ぐに受診できるよう手配してくれました。あまりに早い対応で驚きました。

旦那様の看病をしながら、たくさんのママ、子供たちを支えてくれている大きな存在です。

 

教会のお姉さん

面倒見の良いアメリカ人のお姉さん。お二人のお子さんのお母さんで、私にとって頼りになるお姉さんのような存在です。

いつも明るく、チャーミング、パワフルで博学な彼女は、アメリカの文化や風習等、面白い知識も教えてくれます。彼女とのやりとりは、楽しく英語が学べている、勉強してる感がなく、とても気楽です。

実は先日、夫と喧嘩し、彼女に愚痴をこぼしてしまいました。娘と二人きりの時間が長く、私にフラストレーションが溜まっていると感じた彼女は

『休日旦那さんに子供を見てもらって、スーパーでもいいから一人で買い物に行きなさい。一人で出掛けなさい。あなたはママである前にhuman being なのよ』と親身になってくれました。

Human being …当たり前のことなのに、そうだった、と思い出しました。

アドバイス通り、休日一人でスタバとスーパーへ行ったところ、とっても身軽で楽しくて気分転換になりました。こういう時間の大切さを思い出させてくれました。

 

教会のママ友

日本の子育て支援センターではなかなかママ友ができませんでしたが、教会でママ友ができました。2年近くアメリカに住んでいる先輩ママ、私達ファミリー同様に旦那さんの留学でアメリカへやってきました。北欧出身の彼女は、気取らず、責任感が強く、会話に入りにくそうにしていた私に話し掛けてきてくれました。

北欧に少子化は無縁で、子育てに寛容なイメージだったのですが、彼女との話で少しイメージが変わりました。もっと彼女の国のことも知りたくなりました。

残念ながら帰国されましたが、今でも連絡を取り合っており、いつか会いに行きたいと思っています。

 

薬局のマダム薬剤師さん

日本と同様、大手のドラッグストアの薬剤師さんは何だか忙しそうで、いつも接客に追われている感じがし、相談しにくい雰囲気さえ感じます。

マダム薬剤師の薬局は静かな路地を進んだ先の、こじんまりした薬局です。薬の種類は少ないですが、必要な薬は置いてあり、洗練されていると感じます。

大手ドラッグストアのように取り扱う薬の種類が豊富なのは良いのですが、日本と異なるアメリカの薬事情では、専門家に相談できることが一番重要だと思っています。

マダム薬剤師さんは、薬を購入する際も、そうでない相談だけの時も、とても親切丁寧なアドバイスで頼りにしています。受診しようか迷ったら、まずマダムに相談しようと決めています。

 

身内はいない、日本人もほぼいない生活圏でも、日々生活していく中で、少しずつ人との繋がりができてきました。このような環境だからこそ、誰かに頼らざるを得なく、人間関係を築くことができたのかもしれません

来年も、このような人間関係を大切にしていきたいと思います。

皆様も素敵な一年をお過ごしください。

アメリカで英語を学ぶモチベーション

年末ですが、今後の目標として。

 

アメリカで生活していると、日常的に英語に触れるため、耳も口も慣れてきて徐々に文章も抵抗なくなってきました。しかし、語彙が増えた、会話がスムーズにできる、という訳ではありません。

スーパーの店員さんとのいつものやりとり、ママたちとのいつものやりとりに慣れただけです。

 

語学学校に通ったり、個人レッスンを受けたり、学ぶ術はいくらでもあるのに、 毎日娘と一緒で一日が終わっている現状にかまけています。

 

そう、日常生活は現状でも何とかなると分かってしまったから、モチベーションが上がらないのです。テキストを買ってみたのですが三日坊主。オンラインレッスンは特に、直ぐフェードアウトしそうです。

 

私に必要なもの、英語を学ぶモチベーションは???

 

ありました。

 

悔しい!羨ましい!

 

そんな感情です。

 

 

アメリカ人と話す時、 合わせてくれる人、まあいいよ的に済ます人、首を傾げて行かれる人。様々ですが、私の英語レベルを察してくれます。

別に悔しいとか羨ましいとかなかったんです。

お相手はアメリカ人、私は日本人だし、と。

 

病院受診や故障トラブル 等、一時的に「もっと英語ができればよかった」と思うことはあっても、喉元過ぎれば熱さを忘れていました。

 

 

それが、「悔しい!羨ましい!」

こんな感情になったきっかけがありました。

 

 

そう、

 

日本人のママさんでとても英語ができる方にお会いしたのです。

帰国子女の彼女は、英語はできて当然という立ち振る舞いでした。

アメリカ人ママから「あなたの英語、日本人らしくない、パーフェクトね」

と言われていました。

私の伝えたい意図がアメリカ人ママに伝わらないと、彼女が英語で伝えてくれました。

 

日本人同士なのに、アメリカ人との会話に積極的で楽しそうな彼女。かたや相槌、はにかみ笑顔でやや会話の輪から距離を置く私。

帰国子女の彼女、私レベルの英語をどう思ってサポートしてくれたのでしょう。 

 

恥ずかしい。凹みましたー。

夫に羨ましかったこと、悔しかったこと、全部打ち明けました。

 

 

中学入学まで全く英語を学ばなかった私。

「I(私)」を「i」と小文字で書き、クラスの男子からからかわれました。

悔しかったですが、これがきっかけで英語を必死で勉強しました。

そんなことまで思い起こさせました。

 

しかし、このような経験をしたからこそ得たものがあります。

そして、今後、自分の人生で自己研修を進めるとしたら必ず英語が必要になります。TOEICの点数を設けているものもあります。

 

悔しい!羨ましい!こういった感情もいつかは薄れてしまう。

薄れる前にTOEICの点数という具体的な目標を立て、それに向けて学ぶ術を探そうと思います。

 

いちさん、英語レッスンの情報、ありがとうございます!

 

www.ichi-manmaru.com

サンクスギビングにニューヨーク旅行

あっと言う間に師走、早いですね。

 

10月ハロウィン、11月サンクスギビングブラックフライデー、12月クリスマス。

日本にいた頃はクリスマス以外、全く無縁だったのですが、アメリカではイベント当日のだいぶ前からテレビやラジオ、スーパーやショッピングモール等、あちこちでイベントを感じることができます。イベントを楽しむのが上手だなと思います。そして何だかこの雰囲気、イベントに乗らない手はない、そんな気持ちになります。

 

そして我が家は、二泊三日でニューヨークへ行きました。

 

 

宿泊・移動

自宅から車で行き、ニューアーク(ニューヨークではありません)周辺に宿泊しました。ホテルの設備はまあまあ、マンハッタンよりだいぶ安価でした。ホテルからマンハッタンまでは車で行き、マンハッタン内は地下鉄、徒歩で移動しました。

地下鉄にエレベーター、エスカレーターはあまりなく、ストローラーは邪魔になる可能性大だったので、娘は夫と交代で抱っこ紐か抱っこ、徒歩でした。

 

服装

気温マイナス6度、娘だけでなく私達夫婦も経験したことのない寒さでした。肌が露出している部分は痛くなるので、耳まですっぽり被れる帽子、鼻まで覆えるマフラー、手袋、ダウンコート、ブーツは必須だと思います。ズボンの下に履いたユニクロヒートテックのレギンスも大活躍でした。厚手の靴下を履いていたのですが、それでも爪先が冷たく、靴下を二重に履けばよかったと後悔しました。

娘は、普段着の上にベスト、その上に上下セパレートのスキーウェアとブランケット。帽子、手袋は拒否されてしまい、ウェアのフードとブランケットで覆っていました。幸い、娘は風邪を引くことなく過ごせました。

 

肝心のパレード

パレードの感想は、とにかく人が多く、とても寒い。テレビ中継の方が良く見えるし、温かいし…それでも、その場に行って体感してみたかったんです。来年はテレビ中継かな。

寒さに耐えきれず、地下鉄構内へ行こうとしたら、まさかのピカチュウが目の前に。寒さを忘れて撮影に熱中。グリオさん、お会いしていたでしょうか。

 

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フェリー観光

地下鉄でサウス・フェリーまで行き、サウス・フェリーとスタテンアイランド間を連絡船で往復しがてら海上からの観光を楽しみました。

自由の女神像を間近で見られる観光船もあるようでしたが、この連絡船は無料の公共機関です。フェリー乗り場は温かく、約30分に1本運行しています。

自由の女神像はやや遠目ですが、マンハッタンの高層ビル群、見応え充分でした。

 

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カフェで一息

サンクスギビングであちこちの飲食店はお休みなので、散策がてら開いていたカフェに寄りました。

ランチを頂いた後に、チョコレートムースのケーキとカフェラテ。ケーキはアメリカでは珍しい、程よい甘さに感激。しかし、フォークの大きさと比べると分かるでしょうか、だいぶ大きいです。

カフェで娘が眠くなり、少しぐずって泣いた際、男の店員さんが「かわいそうに、お腹空いてるの?牛乳飲む?」と気遣ってくれました。

 

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タイムズスクエア

 今回は車内から。歩いてみたいところです。

 

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夜景

 道に迷った際に見えた景色。美しく、思わず車を止めて車外へ。日が沈む様子を見られました。

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買い物

ニュージャージーのミツワスーパー、紀伊国屋書店へ。どちらも日本語があふれ、日本にいるような感覚でした。この近くに住みたい!と思いました。

ミツワスーパーで売られているおにぎりやお寿司はお米が美味しく、普段食べているお米とは違うと思いました。娘の食事は持参していたのですが、お米が美味しく、娘も美味しそうに食べていました。

紀伊国屋書店では娘の絵本や、私の好きな作家さんの小説等を購入。小説は全巻揃っている物をここぞとばかりまとめ買い。買い物に夢中で写真を撮り忘れました。

 

 

2歳前の娘を連れて、旅行らしい旅行ができました。娘の成長を感じて感慨深いです。今回の旅行では行けなかった名所がたくさんあり、また行きたいと思いました。

そして、サンクスギビングが終わると、一気にクリスマスムードが漂ってきました。どんなイベントがあるのか楽しみです。

アメリカのお風呂事情

日に日に寒さが増してきました。最高気温がマイナスの日は外気に当たった肌が痛かったです。

最高気温が一桁の日もあり、家の中でぬくぬくしていたい…。

 

そして何より恋しいのが日本のお風呂!!独身時代はシャワーで済ませていたくらいだった私。アメリカに来るまで、日本のお風呂の有り難さに気付きませんでした。

 

自宅のお風呂はユニットバスで、ほぼ毎日、娘と一緒に入っています。シャワーカーテンを閉めると湯気が浴槽側にこもるので、寒いということはないのですが、大人が肩まで浸かるには浅いんです。湯に浸からない部分にシャワーや桶でお湯をかけながら温まっています。追い焚き機能がないのも残念…、お湯をかけ流しのように入れ替えて入っています…もったいない。もう少し住まいにお金を掛けられれば変わるのでしょうか…。

娘くらい小さければ問題ないのでしょうが、肩まで浸かって、脚を伸ばして入りたい。娘が羨ましい!!

そんな我が家のお風呂の必需品たち。

 

・シャワーホース(壁付けのシャワーを延長する)

・桶(湯に浸からない部分にかける、シャワーが苦手な娘の洗髪)

・二重のシャワーカーテン(一重のものより水はね、暖気逃しが減らせる)

 

この季節、特にお世話になっています。

アメリカの小児科で予防接種。娘の成長を感じたこと

先月、かかりつけ小児科で娘のインフルエンザの予防接種を受けました。

 

かかりつけ小児科と言ってもハイウェイを使って片道20分。ハイウェイは通勤時間帯のノロノロ渋滞も苦手ですが、空いている時間帯の時速100キロも苦手です。標識も苦手です。それでも慣れてきました。

 

娘は体調不良や定期健診、数えてみたら今回がアメリカに来て6回目の受診。

かかりつけ小児科病院は診察室が10室くらい並んでおり、受付を済ませると空の診察室で待機します。

主治医が来るまでの間に、看護師から自宅住所、緊急時連絡先、加入保険等を確認されます。

必要に応じて、身長、体重、体温を測定したり、問診があります。

 

娘は毎回診察室に入る前から気配を察知して大泣き。診察中もずっと大泣き。私は必死に抑えたり、服を脱着したり、帰路に着く頃には私がぐったりです。

娘は嫌いな受診が終了したのを察知すると、とても元気になります。

 

そんな娘が、今回はいつもと違う様子を見せてくれました。

診察室に入っても泣かない。少しグズグズするものの、私のカバンからお気に入りのぬいぐるみを引っ張り出して何とか耐えている様子。

看護師さんが来室したタイミングで泣きましたが、問診中に泣き止みました。

今回は看護師さんによるインフルエンザの予防接種のみで、主治医の診察はありませんでした。

接種のタイミングでこの日一番の大泣きでしたが、しばらくして泣き止みました。

 

 

日本の小児科との違い...

小児科にもよると思いますが、日本のかかりつけ小児科では予防接種の時は毎回、薬の名前、使用期限を看護師さん、保護者が同時にダブルチェックし、主治医が実施していました。

また、接種後の変調に備えて、接種後10分ほど院内で様子を見るように指示されていました。

 

こちらは...

ダブルチェックはなく、薬液を吸ったバイアルも確認できません。薬の名前も、期限が切れてないかも、確認できません。看護師さんが実施します。

そして、予防接種が終われば特に待つような指示はなく予防接種の説明書をもらい終了です。

 

人生初のインフルエンザの予防接種だったので、直後の様子が気になり、そのまま院内のプレイスペースで娘のランチを済ませました。その間にもらった説明書を読みました。

娘のおかげで、疲れることなく、むしろ余裕を感じた受診でした。

帰宅後も、不機嫌になったり、体調を崩すことはありませんでした。

 

今回は1回目。4週間あけて2回目の接種が必要です。次はどんな成長を見せてくれるのか楽しみです。

 

受賞に思う、夫の夢、私にできること

先日、夫が国際学会 のプレゼンテーションで表彰されました。わずかですが賞金も頂きました!

「きゃー!ホホーイ!」です。

国際学会での表彰、賞金を頂くのは初めて。賞金は国際学会ならではなのかな?と思いました。夫不在の間の疲れが吹っ飛ぶ、とても嬉しいニュースでした。

ほぼ収入のない我が家にとって、思いがけない臨時収入…すごく嬉しかったんです。

 

そんな夫がポツリ。

「治らない病気ばかりなのに、臨床だけやってて、嫌になっちゃわないのかな。そういう役目に徹するのも大事だけど…」

学会に行って何か思うことがあったのか…。

 

夫は、腫瘍と、その治療薬の研究をしています。専門分野の腫瘍には、抗がん剤を用いて生存期間を延ばすことができても、完治のできない、とても予後が不良なものもあります。なかなか新規抗がん剤の開発がなされない分野でもあるように思います。

日本にいた頃、夫は毎日、臨床現場で働いていた時期がありました。辛い患者さん達を見て、自分も辛かったと思います。治せない悔しさ、辛さを、今の基礎研究を続けるバネにしているのかもしれません。

 

 

先ほど、本庶佑先生のノーベル医学生理学賞の受賞のニュースを聞いて、とても嬉しくなりました。

日本の若い研究者が減り、その行く末が危惧されると言われる昨今。

この先、夫はどんな道に進むのだろう。

私も少し研究をかじっていた時期があり、研究を続ける大変さも、何か発見につながった時の喜びも分かる。

今、研究できる環境として恵まれており、できれば研究を続けてほしい。夫なりの大変さはあるだろうけど、正直羨ましく思う。帰国しても研究を続けられるといいなと思う。

今後の不安は色々あるけど、まあ、何とかなると思う。本当にお金が無くなったら…私、帰国して働きます!